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富山地方裁判所 平成3年(ワ)56号 判決 1992年10月15日

主文

一  被告は原告に対し、金四六万一二六一円及びこれに対する平成三年四月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

理由

一  請求原因1(一)及び(二)の事実中、原告主張の金額の貸付け及び支払がなされたことは当事者間に争いがない。

そこで、原告は、利息制限法の利率による弁済を主張し、不当利得返還請求権を行使するので、被告の抗弁を検討する。

二1  抗弁1の事実は、本件基本契約締結時に被告は「登録番号 関東財務局(1)第〇〇二六五号アイク株式会社」として登録されており、これが、各貸付けの時にも更新されていたことが認められる。

2  抗弁2の事実は、保険の加入及び受取額の点を除き、当事者間に争いがない。

保険の加入の点については、《証拠略》によると、原告が団体生命保険に加入するかどうかは、原告の任意に任されているのであつて、被告において借主が右保険に加入しなければ貸付けを行わないということはないこと、保険加入の目的は借主が死亡した場合に遺族にその支払を引き継がせないこと及び死亡時における被告の債権回収を確保する点にあること、右団体生命保険金について被告は質権等の担保権を何ら設定していないことが認められ、これによると団体生命保険への加入が公序良俗に反するとは認められず、本件団体生命保険契約は有効であると認められる。

《証拠略》によると、原告は本件基本契約時に、公正証書作成費用及び収入印紙費用を自己が負担するとして契約していることが認められ(本件基本契約一一条)、また、本件貸付け(2)における損害保険金については被告が代理店をしている損害保険契約について原告が任意に加入し、支払つたものと認められるので、原告の各貸付け時における受取額は、本件貸付け(1)では三〇万円であり、本件貸付け(2)では一一万八〇五五円(手渡し額一〇万〇八五五円と預かり額一万七二〇〇円)、本件貸付け(3)では四九万七五五九円(手渡し額四九万〇五五九円と預かり額七〇〇〇円)、本件貸付け(4)では五万四三八一円(手渡し額四万七三八一円と預かり額七〇〇〇円)、本件貸付け(5)では三万四六九一円(手渡し額二万七六九一円と預かり額七〇〇〇円)であることが認められる。

3  抗弁3の事実のうち、被告主張の書面の交付が認められるところ、これらが、法四三条の要件を満たしているかどうかを判断する前提として、まず、法一七条、一八条、四三条の趣旨について検討する。

(一)  法は、貸金業者に対し、貸付けにあたり、債務者が貸付けに係る契約の内容又はこれに基づく支払の充当関係が不明確であることなどによつて不利益を被ることのないよう、法一七条、規則一三条で契約書面、法一八条、規則一五条で受取証書の交付を義務づける等、貸金業者に対する規制を強化する一方で、それらの義務が遵守された場合には、その代償として、従前の判例法理により元本充当ないしは返還請求できることになつていた利息制限法所定の制限額を超えて債務者が利息又は賠償金として支払つた金銭につき、法四三条一項、三項で、それが任意に支払われた場合には、これを有効な利息又は賠償金の債務の弁済とみなすこととしている。

右のような立法趣旨にかんがみれば、債務者が貸金業者に対してなした金銭の支払が四三条一項、三項によつて有効な利息又は賠償金の債務の弁済とみなされるには、契約書面及び受取証書の記載がそれを定めた法の趣旨に合致するものでなければならないことは当然である。

また、本件のように貸付限度額その他貸付けの具体的条件を定めて反復継続して貸付けを行う旨の融資契約(包括契約)を締結し、この契約に定めた条件により個々の貸付けを行う契約形態においては、右包括契約を締結する際に、又は、個々の貸付けを行う際に、それぞれいかなる内容の書面を交付すべきかを法は明文では定めていないが、前記立法趣旨に照らせば、少なくとも、包括契約を締結する際に、法一七条一項所定の事項中当該包括契約で特定しうる事項をすべて記載した書面を交付し、個々の貸付けを行う際には貸付けの金額、貸付けの年月日及び包括契約の契約番号を記載した書面を交付するとともに、その両書面を併せて法一七条の要件を充足する必要があるというべきである。

(二)  そこで、昭和六二年五月二〇日に行われた本件基本契約時における本件貸付け(1)について検討する。

右貸付けの時に、被告は、原告に対し、本件基本契約書(乙一)、本件受領書(乙二の一)及び本件領収書(乙三の1)を交付している。右乙三の1には、「15,000×32回」「次回期日87-07-02」の記載があり、乙一の「毎月の返済日、毎月二日(返済日が日祭日となる場合には翌営業日とします。)」「毎月の返済額 融資金額が三〇万円以下の場合には、毎月一・五万円以上」との記載と併せると、返済期間が計算できることになる。しかし、法一七条一項六号に定める「返済期間」とは、前記法の趣旨から考えると、抽象的な記載ではなく具体的な期間を表示することを要求しているものと解すべきである。なぜならば、法は、消費者保護の立場から、契約書面、受取書面として記載すべき事項を法定しているのであり、右法定されている記載事項を記載しなかつた貸主には法四九条三項で三〇万円以下の罰金を科することとし、さらに法一七条一項八号によれば大蔵省令に定める事項はすべて記載しなければならない旨規定しており、そこには何ら除外事由を設けていないことから、法は厳格に記載することを要求しているものと解されるし、実際にも返済期間は、債務者の返済計画に関連する事項であり、弁済の充当計算にもかかわるものであるから、これを一義的に定める必要があるからである。特に、本件では、本件基本契約書(乙一)では、初回の返済日は「借入日の翌月の二日(但し、返済日が借入日から四五日を越える場合は借入月とする)」と記載されており、本件貸付けの借入日は昭和六二年五月二〇日であるので、初回の返済日は昭和六二年六月二日となるところ、本件領収書(乙三の1)によると、昭和六二年七月二日と定められており、基本契約書の記載と領収書の記載から返済期間が明確であるとは言えない。

そうであるならば、本件貸付け(1)について法一七条一項の要求する契約書面の交付があつたものとは認められない。

(三)  次に、昭和六三年一一月八日に行われた本件貸付け(2)について検討する。

《証拠略》によれば、右貸付けの際に、被告は、あらかじめ右三〇万円から、従前の貸付金残金一七万九九二八円及びこれに対する約定利率年三六パーセントの利息金一九五二円及び保険料六五円を差し引き、差し引き後の残額である一一万八〇五五円を交付したことが認められる。

右認定のとおり、昭和六二年五月二〇日の貸付金及び利息が弁済された結果になつたのは、被告において差引処理をしたからにすぎないのであつて、原告が利息として任意に支払つたものとすることは到底できない。

そうすると、右一九五二円のうち利息制限法一条一項所定の利息の制限額を超える部分については、法四三条によつて有効な債務の弁済とみなすことはできない。したがつて、右借換えの結果成立したのは、当時有効に存在した限度の旧債務(従前の元本債務一〇万四五七一円及びこれに対する利息制限法の制限の範囲内での未払利息債務五六七円と保険料三七円の合計一〇万五一七五円)と、新たに交付した一一万八〇五五円との合計二二万三二三〇円を元本とする貸付け(以下「本件借換え(1)」という。)であると解するのが相当である。

(四)  次に、前記二3(一)に判示した法の趣旨にかんがみると、右のように従前の貸付けに基づく債務の残高を貸付けの金額ないしその一部とする貸付けを行つたときに交付する書面には、法一七条一項三号所定の「貸付けの金額」についての契約の内容を明らかにするものとして、従前の債務の残高の内訳(元本、利息、賠償金の別)及び従前の貸付けを特定するに足る事項を明記しなければならないと解するのが相当である。

そこで、右の点の記載の有無について検討するに、本件借換え(1)の際に原告は被告から本件受領書(乙二の2)及び本件領収書二通(乙三の19、20)の交付を受けたが、本件領収書のうち乙三の19には、従前の元本三〇万円の右時点での残金一七万九九二八円、約定利息が一九五二円、保険料六五円で、それが右の際支払われた旨の記載があり、乙三の20には、今回の借換えで原告は新規に三〇万円の貸付けを受けたこととされ、債務残高が合計三〇万円となつた旨の記載及びその際原告は手渡し額として一〇万〇八五五円、預かり額として一万七二〇〇円(合計一一万八〇五五円)の交付を受けたと解される趣旨の記載があることが認められるけれども、それ以上に、本件借換え(1)の元本の内容が前記二3(三)のような従前の債務の残高と新たな交付金員との合計額であることを明らかにした記載はなく、また、本件受領書(乙二の2)にもそのような記載はない。そこで、本件受領書及び領収書二通では、原告が本件借換え(1)の内容を認識することは困難と言わざるを得ないから、結局、本件借換え(1)に際しては法一七条一項の要求する契約書面の交付があつたものとは認められない。

(五)  次いで、平成元年七月二八日に行われた本件貸付け(3)について見てみる。

《証拠略》によれば、右貸付けの際に、被告は、あらかじめ右七五万円から、従前の貸付元本二四万四九五三円に対する同年六月二八日から七月二八日までの未払約定利息七二四七円及び保険料二四一円を差し引き、差引後の残額である四九万七五五九円を原告に交付したことが認められる。

そうすると、本件借換え(1)の場合と同様の理由により、右の約定利息七二四七円を原告が利息として任意に支払つたものとすることは到底できず、右のうち利息制限法一条一項所定の利息の制限額を超える部分は、法四三条によつて有効な債務の弁済とみなすことはできない。

したがつて、右借換えの結果成立したのは、当時有効に存在した限度の旧債務(本件借換え(1)に基づく元本債務一二万五〇七九円及びこれに対する利息制限法の制限の範囲内での未払利息債務一八五〇円と保険料一二三円の合計一二万七〇五二円)と新たに交付した四九万七五五九円との合計六二万四六一一円を元本とする貸付け(以下「本件借換え(2)」という。)であると解される。

(六)  また、《証拠略》によれば、本件借換え(2)の際に被告から交付された本件領収書二通の記載内容は前記二3(四)に認定したところと同様であることが認められるから、結局、本件借換え(2)に際しても法一七条一項の要求する契約書面の交付があつたものとは認められない。

(七)  次いで、平成二年四月五日に行われた本件貸付け(4)について見てみる。

《証拠略》によれば、右貸付けの際に、被告は、あらかじめ七五万円から、従前の貸付元本六八万九九九四円及びこれに対する同年三月二八日から四月五日までの未払約定利息五四四四円及び保険料一八一円を差し引き、差引後の残額である五万四三八一円を原告に交付したことが認められる。

そうすると、本件借換え(1)の場合と同様の理由により、右の約定利息五四四四円を原告が利息として任意に支払つたものとすることは到底できず、右のうち利息制限法一条一項所定の利息の制限額を超える部分は、法四三条によつて有効な債務の弁済とみなすことはできない。

したがつて、右借換えの結果成立したのは、当時有効に存在した限度の旧債務(本件借換え(2)に基づく元本債務四五万五四四九円及びこれに対する利息制限法の制限の範囲内での未払利息債務一七九六円と保険料一一九円の合計四五万七三六四円)と新たに交付した五万四三八一円との合計五一万一七四五円を元本とする貸付け(以下「本件借換え(3)」という。)であると解される。

(八)  また、《証拠略》によれば、本件借換え(3)の際に被告から交付された本件領収書二通の記載内容は前記二3(四)に認定したところと同様であることが認められるから、結局、本件借換え(3)に際しても法一七条一項の要求する契約書面の交付があつたものとは認められない。

(九)  次いで、平成二年九月七日に行われた本件貸付け(5)について見てみる。

《証拠略》によれば、右貸付けの際に、被告は、あらかじめ七五万円から、従前の貸付元本七〇万八八〇九円及びこれに対する同年八月二九日から九月七日までの未払約定利息六二九一円及び保険料二〇九円を差し引き、差引後の残額である三万四六九一円を原告に交付したことが認められる。

そうすると、本件借換え(1)の場合と同様の理由により、右の約定利息六二九一円を原告が利息として任意に支払つたものとすることは到底ずきず、右のうち利息制限法一条一項所定の利息の制限額を超える部分は、法四三条によつて有効な債務の弁済とみなすことはできない。

したがつて、右借替えの結果成立したのは、当時有効に存在した限度の旧債務(本件借換え(3)に基づく元本債務三九万七三七六円及びこれに対する利息制限法の制限の範囲内での未払利息債務一七六三円と保険料一一七円の合計三九万九二五六円)と新たに交付した三万四六九一円との合計四三万三九四七円を元本とする貸付け(以下「本件借換え(4)」という。)であると解される。

(一〇)  また、《証拠略》によれば、本件借換え(4)の際に被告から交付された本件領収書二通の記載内容は前記二3(四)に認定したところと同様であることが認められるから、結局、本件借換え(4)においても法一七条一項の要求する契約書面の交付があつたものとは認められない。

4  したがつて、原告が本件消費貸借についてなした各支払は、法四三条一項一号所定の「法一七条一項の規定により契約書面を交付している場合におけるその交付をしている者に対する貸付けの契約に基づく支払」とはいえないから、その余の点について判断するまでもなく、右各支払のうち、利息制限法一条一項、四条一項に定める利息又は賠償額の予定の制限額を超える部分は、法四三条により有効な債務の弁済とみなすことはできない。

三  次に、不法行為の点について検討する。

《証拠略》によれば、原告は、原告訴訟代理人弁護士を通じて、多重債務の清算を企図し、同弁護士は、被告に対し、平成二年一二月二六日付けの書面をもつて、原告が破産状態にあること、貸付金明細を明らかにするよう求めたこと、本人への直接の連絡を遠慮して欲しい旨の通知をし、被告からの明細書を検討したうえで、同三年一月二一日付けの書面で、同月一五日現在での原告の被告に対する残元本債務が利息制限法の利率で計算すると三六万九二四三円であるとして、この金額を前提とした和解による解決を求める旨の通知をしたこと、被告は、これについて本社と検討して、回答すると返答しながら、公正証書により同年三月二五日に原告の給料を差押えたこと、原告は、同月二九日に退職に追い込まれることを恐れ、被告の主張する七五万九八〇四円を送金したことが認められる。

右訴訟代理人弁護士の和解案が著しく不合理であることの事情も認められない本件において、右被告の公正証書による給料の差押は、大蔵省銀行局長通達(蔵銀二六〇二号)の「債務処理に関する権限を弁護士に委任した旨の通知、又は、調停その他裁判をとつたことの通知を受けた後に、正当な理由なく支払い請求をした。」に該当し、違法な行為であると認められる。そして、右被告の差押えは、原告の会社における信用を損なうものであるから、右差押えが法二一条一項に該当するかどうかにかかわらず、不法行為になるものといわなければならない。これによつて、原告が精神的損害を被つたことは明らかであり、右原告の精神的苦痛を慰藉するには、金一〇万円が相当である。

四  以上判示してきたところを前提として、弁済の充当関係を計算すれば、最終回の支払については、執行費用についても弁済金として充当するのが相当であり、これによると別紙計算書4のとおりとなり、原告の被告に対する本件消費貸借上の債務は既に完済となつており、三六万一二六一円について不当利得による返還請求権が成立する。

五  よつて、本訴請求は、不当利得返還請求権のうち金三六万一二六一円及び不法行為に基づく損害賠償請求権のうち金一〇万円並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日である平成三年四月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の原告の請求は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中山直子)

《当事者》

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 青山 嵩

被告 アイク株式会社

右代表者代表取締役 ウイルフレッド・ワイ・ホリエ

右訴訟代理人弁護士 林 義雄

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